『まよいながら、ゆれながら』出版記念イベント
昨日、7/7(日)七夕の日に、福島市・あんざい果樹園で行われたイベント『つながって、輪になって』に行きました。昨年、馬場わかなさんの写真展『笑顔の未来』新潟巡回展の会場としてお借りしたカフェmarilouの鈴木氏と、胎内でワイン用葡萄を栽培し醸造にも関わっている佐藤氏の3人で。
あんざい果樹園から札幌に移住し、現在はたべるとくらしの研究所を営む安齋一家の2年間を描いたフォトエッセイブック『まよいながら、ゆれながら』(中川ちえ・文 馬場わかな・写真)の出版記念イベントで、山田稔明さんのライブがありました。
あんざい果樹園に行ったのは初めてでした。震災前からカフェや器屋さんが素敵、という話は聞いていて、いつかは、いつかは、と思っているうちに震災が起こりました。庭坂には東京時代から仲良くしている2人の友人の実家もありました。FOR座RESTに行った時に寄りました。果樹園がずっと続くのどかな処で、友人は自分たちの中学校を指さしながら思い出を語っていました。すべて震災前の話です。
2回目のライブ&トークを観れました。トークはわかなさんも参加しましたが、お二人ともそれほどの多くの言葉はありませんでした。それ以外はずっと山田さんの歌を聴いていました。澄んだ声とギターが、古い邸宅をセンス良く手入れされた安斎家のカフェに響きました。
↓7/7発売『新しい青の時代』勿論その場で買って、帰りの道中聴いていました。
広い窓の外は一面の緑。素敵な庭が広がっていました。座った私の隣には安斎家の次女、ももちゃん(3歳くらい?)がふざけながら山田さんの持ってきたネコの人形と遊んでいます。ももちゃんと、古いお宅と、窓の外の緑を見ながら、山田さんの歌を聴いていました。震災前に書いた「当たり前の日常」を書いた歌が、今は全然違う意味になってしまった。といいながら、爽やかなその歌を通る声で歌っていました。山田さんが安斎家を訪れるのは4回目で、まだももちゃんに覚えてもらっていないけど、今回は「歌の人」で認識してもらえたかな?と笑っていました。
歌を聴きながら、色々なことを思いました。この前日の夜、眠る直前の夢うつつの中で、突然、「震災が起きていなかったもう1つの世界での今」が猛烈なスピードでアタマの中に再生されるという出来事がありました。震災が無かった世界で私達は福島市の人たちと、今とは違った関わり方をして日常を過ごしていました。それは本当にどちらが現実か分からない位にリアルに流れ浮かびました。
素敵なお庭や果樹園のことを思いました。これまでに聞いていた、震災後の福島の話。あんざい果樹園の話。樹皮をはがすなど苦労をして、大幅にセシウム含有量を減らすことができたという話。でもその測定値を正直に出しているので、やっぱり売れない。庭を眺めながら、ももちゃんと一緒に笑いながら、色々なことを考えました。
多分、この場にはあまり言葉は必要ないのかも知れない。『まよいながら、ゆれながら』は、事前にこうしよう、ああしようという細かいすり合わせをせず、ちえさん、わかなさん2人の思うところをお互い書いて撮っていって、最後に合体する体裁で作られていたそうです。「2人が見ているものが近いものだと知って、嬉しかった」とちえさんはトークで話していました。この本の出版記念で、安斎家に集まって歌を聴くという内容が、とてもしっくりきました。
あんざい果樹園のあの場所で、山田さんの歌を聴きながら考えたこの日のことを、きっと忘れないと思います。
素晴らしいイベントをありがとうございました。安斎明子さんの作った梅酵素ジュースが本当に美味しかった。わかなさんには一緒に行ったマリールゥの誉也君と一緒にオヤジ2ショットのポラロイドを撮ってもらいました。なんだかあり得ないくらいに爽やかに写っていました。
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さてあんざい果樹園到着に先立つこと3時間前に、福島市で30年続くメンズショップ「PICK-UP」さんと姉妹店でレディース&雑貨の「BarnS」さんに寄っていて、そこでの田中さん、藁谷さんとの再開が楽しく、あやうく果樹園でのライブに遅れるところでした。
田中さん藁谷さんとはFOR座REST大学の時に吉祥寺ORGANIC BASEの奥津氏と一緒に訪れた時に話をして、そのお店の素敵さと接客センスに虜になりました。「PICK-UP展@F/style」では新潟に出張でいらっしゃって、マリールゥの鈴木氏とも知りあいました。今回、お店は初めてとなる鈴木氏との再訪(何故いつもマクロビオティックのひとと一緒?)。前回見れなかった2店の2階に上がり、そのDIYのセンスにまた感動しました。
BarnSさんの向いに「王芳」さんという美味しい中華料理屋と、そのとなりに「うろこや」さんという激美味い甘納豆屋さんがあり、正直この一角を回っただけでもう来た目的は達せられたね、満足だね。などと鈴木氏と言っていた位。そうなんですね。観光というか旅行ってこういうこと。この1つのお店のために、この人に会う為に、それだけにその場所に行きたいと思えること。あれこれ予定を詰め込まなくても、その一箇所で満足できるような、大切な場所や人を見つけること。
あとはその人に普段のお気に入りを聞けば良いのです。
その日の晩ご飯は田中さんに教えてもらった「鉢の木」のショウガ焼き定食。衝撃です。今まで食べたことのないショウガ焼き。厚く柔らかく脂身の無いロース肉が、焼かれた上に軽く揚げられて?(逆かも)タレにつけられているその上に、すり下ろしショウガが真一文字にたっぷり載っています。お肉はボリューム満点で味付けも濃いめですが、そのショウガのおかげでさっぱりと食べられる。気がつくとかなりのボリュームの定食をあっという間に完食していました。
この晩ご飯の前には、以前から周りの皆さんに「絶対会って欲しい」と言われていた眼鏡屋さん「オプティカル・ヤブウチ」さんの薮内さんを訪ねてお話。なるほど会っておいてと言われた理由が分かります。話をしているだけで何か一緒にやりたくなってきます。
薮内さんは私達の晩ご飯の予定を聞くと「あそこは品切れ閉店だから…」とその場で電話して人数分を予約してくれました。実際そのおかげで食べられたんです!鉢の木は私達を最後に終了でした。ありがたや。
毎回毎回訪れる度に楽し過ぎてとても日帰りでは時間が足りない福島市。今回も本当は飲んで泊まってきたかった…次回は是非!と約束して帰途につきました。
今回感動したのはこれ。BarnS2階にあったこれ。
なんとにいがた空艸舎の初回から3年に渡って作っていた「身のまわリポート」の福島版!
感動です。F/styleに聞いてはいましたが、もうこんなに出来ていたのですね。隅から隅まで読みたい。力作揃いです。
「身のまわリポート」とは
にいがた空艸舎内の企画で始まった、地元のお気に入りを紹介するカード。「オススメ」より「お気に入り」といった気分。お店等に限らず、風景、景色、時間、匂い、方言、くせ、人、書くもののジャンルは何でもOKだが、必ず「手描き」で書くことを条件とした。デコも自由なのでさまざまに工夫されデザインされたカードが集められ、展示された(最後は2010年)。現在は北書店、カフェマリールゥ、むすびや百でコピーしたファイルを見ることができる。
そして思いました。自分たちは今、新潟の「身のまわリポート」を、県外の人がどのように見ていたか、そのまま体感しているのだと。
結論「めちゃくちゃ読みたいです。興味ある〜!」
ということで、今度コピーしたファイルを新潟と福島で交換する約束をしました。新潟のは結構古くなって無くなっている処もあるので、今年また新規で集めるかも知れません。その際は宜しくです。
本当に楽しい一時を過ごしましたが、その後ろには相も変わらない放射線問題があります。市内ではこの間ビル屋上で非常に高線量のコケが見つかったニュースが大きく報道されていましたし、福島での話の中にも「線量がね…」という話題は出てきて。色々制限されたり悩まれている様子は、言わずもがなでした。あれだけ楽しかった民家園でのFOR座RESTも、緑は一番セシウムをため込む場所ですので、元々親子で来て欲しいと企画された同イベントの再開はなかなか難しい状況だと思います。私も現状では、小さい子供を連れて安心して遊びに行く、という気持ちには、大変申し訳ないけども、なれません。
福島市に残っている人達は常にこの問題と向き合っていかなければいけない。原発の残したあまりに大き過ぎる破壊の跡。
そしてこれは、まんま新潟の私達の姿でもある。
中越地震が刈羽に与えた影響はまだ解明されておらず(解明できず)、次に明日起こるかも知れない地震によって、容易に同じことが起こり得るでしょう。でも2011年から殆ど何も進んでいない。それどころか東電のトップが再稼働をお願いに来る始末。中越地震の教訓を福島第一原発に活かせず、故に原発事故を大きくしてしまった新潟県議会には大きな責任がある。と新潟国際情報大学の越知教授は主張しています。我が新潟県は、そういう歴史を歩んでいます。これからはどうでしょうか。誰か他人やえらい人が決めるのではなく、住んでいる私達が決めることですよね。世界最大の事故を起こした原発の隣で世界最大の原発を抱える我ら新潟県民は、世界に注目されています。
福島の皆様、ありがとうございました。
とってもとっても楽しかったです。また行きます。
新潟にも、遊びに来てね。飲み倒しましょう。
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