2月11日(祝・水)

昨日11日(水)は、北方文化博物館の設立記念イベントのお餅を食べに家族で出かけました。昨年初めて体験し感動してしまたので、今年も引き続き参加した次第。
昨年撮った写真はこちら


20090211hoppo.jpgこの地方に伝わる「三人搗き」で搗かれた餅は、独特のコシと堅さが美味しいんです。また、本館にある巨大なおくどさん(その昔は、60人の使用人のために毎朝一俵(60kg)の米が炊かれていた)の大きな釜で実際に米を炊き、蒸して搗くその光景が、とてつもなく美しい。暗く寒い巨大な土間台所に湯気が立ち上り、あたりに炊き立てのお米の香りが漂うあの感覚は、今の時代にこれこそ希有な体験と言えるのではないでしょうか。ちょっと夢のような光景です。

この体験が500円です(通常800円の入館料が安くなります)。本当にオススメのイベントで、今年こそは事前にできるだけ告知を、と思っていたのですがまたいつの間にかこの日が来てしまいました(笑)。
web以外にはあまり告知もされない、知る人ぞ知るイベントです。来年はぜひ事前に当ブログでもお知らせをしたいと思います。忘れないようにしなければ。

*********************

お餅を食べて井戸小屋でお茶した後は、一路新潟へ戻り、新潟絵屋ではじまった『まちの日々、てん』へ。これまでのまちの日々の展示の他に、来場者のアンケートを元にして、壁にかかった大きな新潟地図が日々更新されていくという企画がありました。さっそく子供時代の想い出を色々書き込みました。

想い出といえば、その場でできたてほやほやの『まちの日々180』創刊号を購入したのですが、表紙の写真がどうも見覚えのあるような階段で。ちょうど写真を撮られた内藤さんがいらっしゃってたので聞いてみたのですが、彼女もちょっと記憶あやふやで定かではないのですが、私の記憶の階段とかなり近い場所であることは、確認できました。やったー、という感じ。
200902-10-23-d0122923_2101515.jpg

私の家族は小学校2年生まで、日和山の住吉神社の真向かいにある相当なボロアパートに住んでいました。道はさんで向かいの住吉神社、その左隣は階段になっていて、奥の長屋へと続いてたと思います。保育園時代の仲良しがその長屋に住んでいて、いつもその階段でカー消し(スーパーカー消しゴム)なんぞで遊んでいた記憶があります。

印象的なのはその階段の奥の長屋から時たま現れる、友達のお母さんで、コレがまた西原理恵子の高知マンガに出てくるようなベタベタに夜のご商売の方で。お昼なのに何故か下着のようにな姿で、必ずくわえ煙草で現れるんですな。強烈だった。友人の顔も名前も覚えていませんが、その下着姿は強烈に残っている(笑)。そんなことを、『まちの日々180』の表紙を見ていたらタカタカタカ〜と思い出してしまって。そのまま内藤さんに話したら「いかにも下(しも)らしいですね」と言われました。確かにあの頃の友人は、親が必ず「○○屋さん」でしたね。八百屋さん、肉屋さん、酒屋さん、大工さん、パーマ屋さん、などなど。今の西区に引越してから、友人が○○屋さんって、殆どいなくなりました。

この表紙の階段も、本当は住吉神社そのものの階段かも知れませんし、私の記憶の階段なんてとっくに無くなっているのかも知れませんが。そんなこんなを、絵屋の地図の前で思い出したり話したりしていました。それが私の、『まちの日々』でしたね。ちなみに住吉神社の前のアパートは現存しています。驚異的です。

帰って読んだ『まちの日々180』はとても素敵な冊子でした。私は特に大倉宏さんの、白山駅から続く細道の謎の話が好きです。さっそく今度行きたくなった。500円で北光社さん、ジュンク堂書店さん、ヒッコリースリートラベラーズさん、store roomさん、砂丘館さん、新潟絵屋さんなどで販売されているそうです。

*********************

この日は同時に『伝書鳩の手紙』の新作もいただきまして、あっという間に読んでしまった。この本に関しては詳しく書こうと思うとどんどん陳腐になってしまって。とにかく言えるのは、自分は新潟にいて、この本(フリーペーパー)を読める機会に恵まれて、本当に幸せだと心から思うのです。

今回も、100年前と現在が混濁する不思議な世界で、コッチラとソッチーナ2人の新潟世界が淡々と進んでいきます。明らかに現代ではない物語、居心地の良い時代の物語、だけどその中に現代の新潟のさまざまなモノゴトがふらりと入り込み、2人の心を通して「伝書鳩の手紙」に語られ、お互いを行き来します。

この本の良さをぜひ知ってもらいたいような、でも内緒にしておきたいような(笑)。知ってもらうにしても、私の拙い口では説明しようがなく、読んでもらうしかないのです。だけどもうバックナンバーは手に入らない。私や他の人の蔵書を借りる位しかありません。今回の新作も、おそらくすぐ無くなってしまうでしょう。その素敵さを知るまでの、何とハードルの高いことか(笑)。

でもこういう例って、何か他にもあった気がするんだけど、思い出せない。素敵なことを知るまでの、高いハードル。ずっと忘れていたけど、どこかで「当たり前だよ」という自分の声が聴こえる気がする。そして最近は色々な人と知り合うことで、段々とその感覚を取り戻してきている気がします。

でも、何だったろう。