小林章さん座談会in砂丘館

去る11月15日(火)に、独ライノタイプ社ディレクター小林章さんとの座談会に参加しました。昨年に第一回目が行われたのですが、その時に「次回もこんなかんじで少人数で気軽な雰囲気の座談会がいいですね」と小林さんが仰っていたので、會津八一記念館の湯浅氏に頼まれ、私の方で簡単なページを作りTwitterとFacebookのみで参加者を募集しました。

座談会の概要は以下のページを。
「小林章さんと座談会in砂丘館」告知ページ


部屋に入るだけの人数で決めて締め切ったのですが、前回の倍くらいの人数(25人)となり、当然砂丘館の広間はぎゅうぎゅうでした。実際開催してみると人数が多い分、やはり前回のように気軽に質問できる雰囲気は少し薄れてしまったかな〜と思います。次回はもっと人数を絞った方が、色々遠慮なく聞けて良いかも知れません。

さて今回、しょっぱなから盛り上がったのはとある参加者の発言がきっかけで始まった「欧文書体は国に合わせて選ぶべき?」という話。これは以前から小林さんが日本のデザイン関係者に伝え続けている話でもあるらしいです。

デザイン業界にいる人なら誰でも聞いているであろう、こんな噂話。

●フーツラはナチスを連想させるため、ドイツやイスラエルでは使ってはいけない。使う場所にも注意しなければいけない、らしい。
●そのことを知らなかった家電メーカーが制作した取説がフーツラで、返品されて損害を被った、らしい。
●ヘルベチカはスイス、タイムズはイギリスなど、それぞれの出自を理解し、使う場所を考えなければいけない、らしい。
●日本で、イタリア料理のメニューが(フランスを象徴するとされる)ギャラモンで制作され、シェフが怒って帰ってしまった、らしい。

細部には色々違いがあるかも知れませんが、おおよそこんな類いの話です。

で、これらの話ですが、小林さんによれば、いずれも根拠がまったく分からないそうです。こんな話はありえない。少なくとも、日本以外ではまったく聞かれない話だと。

もちろんそれは小林さんの感覚とかだけの話ではなく、実際各国で使われているフォントの例を挙げて氏のブログで説明されていますし(→リンク)機会あるごとに各国の業界関係者にも聞いてみても、肯定されたことはないそうです。フーツラ=ナチの話を、とある国際的な書体のイベントに来ていたイスラエル代表に聞いてみたところ、普通に笑われたと仰ってました。
ちなみに小林さんはこのフーツラの誤解に関しては2004年に『デザインの現場』で書かれているそうで(書籍化もされています。後述)、最初に表明されてから随分後で私たちは知ったことになります。

何故、日本でだけこのような都市伝説がまかり通ったか。

実はどうも元になっている方がいらっしゃって、そのことは少しネットで検索すれば判明するのですが、ここでリンクを貼るのはやめておきます。

問題はそこだけではなくて、その噂を受け取る私たちの問題でもあるからです。
これらの話の真偽は、小林さんのブログを見れば分かりますが、ちゃんと調べれば「おかしいんじゃない?」とすぐ気付くべきことのようなレベルの話だったのかも知れません(今から思えば、ですけどね)。5〜6年前はまだしも、これからはネットですぐ調べられますので、幸いにしてデマも長続きしない時代にはなっていると思います。

●偉い人(権威のある人)の言うことを無条件に信じてしまう。
●教育・知識を優先して、現場をみて判断しようとしない。
●クレームを恐れる余り、本来成立しない筈のクレームを回避しようとして本筋を外している。
●同様にクレームを恐れる余り、周りに合わせ、前例ある選択肢ばかりを選ぶ。
などなど。気を付けようと思います。

そしてもう一つ、気を付けなければいけないこと。
小林さんが仰っていましたが、
「恐怖」は、
人を支配し、人から敬意を受けることができる簡単な方法である

「あなたのやってるこの行為は、○○だって知っていましたか?それは危険です」
「あなたが無意識でやっているその行為、○○に繋がりますよ。そしたらこんなにクレームを被る可能性が」
「あなた、○○ってこと知らないんですか?実はこうなんですよ?(恥ずかしいですね)」

どこかで聞いたことがあります。テレビでもあります。
「首のこの部分が痛いと、ひょっとしてあなたはこれだけ多くの、死に至る病気になっている可能性がありますよ?知らないと大変ですよ!」
書籍でも良く見ます。それなりに人気もあるようです。

私は個人的に「恐怖ビジネス」と呼んでいて、こういうことで注目を集める方法が本当に嫌いです。この類いのテレビも書籍もできるだけ遠ざけるようにしています。

だけど…
まんまとひっかかっていたんですね。(誰にひっかかっていたかといえば誰でもなく「権威」なんですけど)

座談会には以前弊社にいたデザイナーも来ていて、呑みながら二人で初めてこの話を聞いたときの恐怖を話していました。あの時は、ホントびびったよね〜、と。

こういう話に出会った時は、気をつけようと思います。教育とはちょっと違うレベルでの話ですが。

あと
「『何でもOK、大丈夫なんだよ』なんて言っても偉そうに見えないけど、『○○はダメ。これ知らないでしょ?危険だよ?』というと偉そうに見える。」そんな話も。

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話を戻し、小林さんは、日本の欧文書体の教育が、どうしても「○○という書体はスイスに何年にできて…」といったようなベクトルでの「勉強」がまず優先されていて、肝腎なところがないがしろにされたまま、おかしなことになっていると話されました。
おかしなこと:酒造トップブランドのS社がCIを新しく制定した際に呼ばれて気付いたが、英文版のカタログの基本ルールがなっていなかった。マヌケ引用符が使われていたり、語源としてのラテン語がイタリックで組まれていないなど。このままでは国際的には三流会社と見られてしまう、と忠告した。日本の誇る大メーカーでさえがこの状態。

では、何が重要かといえば。
まずは現地のものを多く見るべきだと。読めなくてもいい、洋書の雑誌をどんどん見て欲しい。いいものも悪いものもあるけれど、それも数を見ていくうちに自然に分かってくるはず。日本の中だけで「欧文書体はこうだ・組版はこうだ」って言う人はいるけど、それを国外に対して言うことがないのは不思議。結果、「日本でしか通用しない欧文ルール」という変な状態になる。
そういったおかしなことも、まず実際現地ではどうか、を数多く見ていれば自然と気付くはずだ。組版の書籍にしてもがんばって原書もあたって欲しい。

自分は写研で働くうちに欧文書体が好きになり、それまで外国になんて一度も行ったことがないのにまずイギリスに渡った。英語もできなかった。だけど好きだったらやっていける。

小林さんは「順序」のことを言っていた。
糸井重里氏の『思い出したら、思い出になった。』の中で、サッカーを始める場合に、まず最初に必要なのはボールだろう。だけど、最初にルールブックを求める人がいる。それは違うんじゃないかと書かれていて。この箇所はまさしく小林さんの言いたいことを表しているそうだ。(この辺り11/18の新潟日報『日報抄』にもレポートされています)小林さんオススメの本だそうです。これも読もう。

追記
この本は座談会が終わってすぐ北書店で買いました。小林さんのブログでも改めて取り上げられていましたのでご紹介。
デザインの現場 小林章の「タイプディレクターの眼」:糸井重里さんの本

どれも大事なことではあるんだけど、順序と優先順位を取り違えちゃいけない、という話だと受け取りました。昨年の座談会でも「とにかく手を動かす。それが身に付く一番の方法だ」と仰っていたことを思い出します。

参加の方に言われて思い出したんですけど、昨年、私が
「(日本の欧文組版の教育の話を聞いていると)まるで英語教育の話を聞いているようだ。「伝える」ことより、まずは文法の方を先に習わなければいけない」
と言っていたそうです。どっちもないがしろにしちゃいけんとは思うけど、順序と優先順位の問題なんですよね。これは私も海外旅行をして思ったことです。そうか、「伝えるコツ」ってあるんだなと。現場に行って初めて実感できました。

他にも有意義なお話をいくつも聞けましたが、メモのみにしておきます。
来年もあれば是非ご参加ください。FacebookやTwitterで告知すると思います。

●映画『オースティンパワーズ』のフォント選び。時代性ということはフォントの出自とはあまり関係ない。いかに世の中を見て実感しているか。

●書体を作り始める時はたいてい「H」と「O」から作り始める。

●見え過ぎて書体に見えなくなった場合の処置。客観性を保つ方法。逆さにしたり、裏返しにする。これは師匠に教わった方法だが、フルティガーさんが目の前で初めて裏返しにした時は、心の中で「よし!」と思ったそう。

●時代に応じての「改刻」の意味。デジタル化を急ぎ過ぎた時代もあった。

●アルファベットの小文字のスペーシングは基本、いじるな。

などなど…。
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座談会の後は少人数で『吟』で鍋をつつきながら続きのお話、小林さんが帰られてからも有志で三次会に繰り出し、とっても楽しい時間を過ごすことができました。新潟で書体・組版好き連盟が発足しそうです。今後の展開を楽しみにしていましょう。

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実は恥ずかしながら氏の書籍『欧文書体』『欧文書体2』は未読でした(表紙が今までのお堅い『勉強書』のイメージでとっつきにくかったんです…)。今回レポートを書くにあたっての確認でネットを調べていると、今回の座談会で言われていたようなことが殆ど入っている上に、すごく分かりやすく入りやすいと。早速読んでみようと思います。

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