WORDS、メモ

●廣済堂さんという印刷会社のお話

廣済堂さんはチェック機構が素晴らしく、
デジタルな技術を駆使しつつも、人としてのアナログな感覚もちゃんと
様々な判断のときに組み込まれているので
そのアナログの「人」という部分に、よく助けられます。
「人」としての感覚だとおかしいけれど、
何も考えずにすすめてしまうと、そのまま進んでしまうような状況——。
そんなとき、廣済堂さんでは
誰かが止まって考えてくれている、気にしてくれているという跡があって、
その丁寧さに小さな感動を覚えることがしばしばあります。

今回は立ち会いの合間に印刷技術についてもいろいろと教えていただいたのですが、
どのように現在ある技術をより良いものに進化させていくか、という話にしても、
同じような姿勢や細やかさで進められていて、それが実際に着実な成果を生んでいる。
直接の技術のことだけに限らず、本当に勉強になりました。

制作側と印刷側。仕事に対する姿勢。色々考えさせられます。

●なかしましほさん『ごはんですよ』特設サイトで、当ブログを紹介いただきました!このサイトもらしくていいですよね。

農家の婿のブログ:セシウム米、僕が一番恐れていたこと

僕の「一番恐れていたこと」とは、
後から数値が検出されたことです

安全宣言がでて、流通もしていて
応援しよう、買ってみようかなと興味を示す人が出始める中で

数値が出た

これがどれだけ福島県の農産物の信頼を失わせるか

(中略)

原発がハーイした時点で「安心」やら「安全」やらは
とっくにどっかに行ってるんですよ
農業王国福島の農業に残ったのは、今まで積み重ねてきた「信用」だけだったんです

だからそれだけは無くしたくなかった。

それさえ無くさなければ、いつか絶対にまた福島は農業王国として復活できると思った

なのに農協や行政が採った対応は、その唯一残った信用にションベンかけるような理解し難いものでした。

SYNODOS JOURNAL:「健全な好奇心」は人を生かす 糸井重里×大野更紗

大野:わたしが困ってるのは、何が良いとか、何が悪いとか、そういうことじゃないですからね。

糸井:うん。ここまでたどり着くには、昔「倫理」だった自分をちゃんと見つめて、結構な自己問答があったんだろうな、と。人はやっぱり誰かを責めたくなるし、倫理語りたくなるし、どうしてもうまくいかなかったら愛の問題に置き換えようとするし。そうならないようにあれだけ抑えられたっていうのはやっぱり、大人になってるんです。

大野:「こういうことを考えるのが大事ですよね」とか、「こういうことについて努力したいですよね」とか、それで物事を終わりにすることって多いですよね。そうやって憂う気持ちは大事なんですけど、現在であれば、たとえばいくら被災者に「かわいそうだね」って言っても、彼らの生活は何も変わらない。

糸井:そうだね、何も変わらない。

大野:困ったときに「困った」って言うと、それが「患者らしくないだろう」とか「被災者らしくないだろう」とか「被災者たるものこうあるべきだろう」ってみんなに思われたり、言われたりするんです。

糸井:それは弱ったねぇ。

大野:でもそれはいつか必ず自分に返ってくると思っていて。不条理に遭ったときに、自分がかつて他人にとっていた態度、つまりは「無関心」が自分に返ってくる。私は差別されるよりは、無関心でいられることのほうがずっとつらいと思うんですけど、自分が病気になって、自分もかつて無関心だった、ってすごく反省したんですよね。

糸井:ビルマ女子をやっているような人だったのにね。

糸井:さっきも言ったけど、『困ってるひと』の中で、友達との関係性が壊れる場面。あのときの大野さんの態度は、ひとつの答えだな、って思ったんですよ。「解決しようのない困った状態」として、自分も責めないし相手も責めないっていうのは、これからいろんなことを考えるときの大きなヒントになると思う。みんなに読んでほしいっていうのは、最後まで読むとあそこまで行くからなんです。

糸井:僕は元気があったから面白がられて、色々なことをやりました。さっきの、「健全な好奇心」て言葉は本当に素晴らしいと思うんだけど、それを持たずに、本当はよくわかっていないことを、言葉や態度として決めてしまったときに、世界の形がきれいに見えてきて、間違っていく。その鋳型を作ってはめていこうとしている人がたくさんいる。

太字:亀貝

痛い言葉がビシバシと(笑)というかもっと若い世代に絶対読んでもらいたい対談です!

ブータン・ワンチュク国王

「竜は心の中に住んでいる。自分の竜を育てなさい」