『伝書鳩の手紙』

学校町f/styleで不思議なフリーペーパー(?)をもらった。30Pほどのわら半紙に、ひどく小さな文字で印刷された小説。茶色の上品な表紙には『伝書鳩の手紙』というタイトル。その下には「一九〇六年七月から八月まで」「練習弐号」とある。作者は「のみの音楽舎」。表紙と表4のシンプルな文字組みとデザインを見ただけで、作者の繊細なセンスがキシキシ伝わってくるような本だ。写真のレイアウト、ポイント数、ノンブルの打ち方、丁寧な製本、隅々まで作者の美意識が行き届いている。表4には手書きで「20」その横に活字で「/47」。つまり、全部で47冊しか作ってないのだろう。その、20冊目。


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img9_DENSYO.jpg中を読むと、表紙にあった通り、1906年頃を舞台にした、とある二人の書簡集となっているらしい。

1906年、新潟に住むコッチラとソッチーナという二人は、ドードォというペットの鳩に手紙を託し、文通を行っている。手紙の中身は、ごく当たり前の日常の出来事。身の回りの食事や、人付き合いの話。天気の話。自分は壱号を読んでいないので、この二人が男性なのか、女性なのかさえ分からない。

何の盛り上がりがあるワケでもないが、読み始めるとすぐに、その柔らかくゆったりとした文体に惹きつけられる。時代感がそれほど強く打ち出されている訳ではないのだけど、何となく、昔の新潟(後で知ったのだけど舞台は100年前だそうだ)。その時代にタイムスリップしたかのように、いつの間にか、主人公二人のゆっくりした日常に入り込んでいく。日曜日の昼間に居間に寝ころんで、雨の日の暗い喫茶店で珈琲を飲みながら、ずっとずっと読んでいたくなる、そんな文章。敢えて例えれば、宮沢賢治の気持ち良さに少し似ているかも知れない。そして読むほどに少しづつ、コッチラとソッチーナ、二人の性格が伝わってくる。

手紙のあちこちには、思い出したように新潟の地名が出てくるので、そこで「ああコレは新潟の話であった」と知れる。住吉行列の住吉は「日和山神社」のアレではない事、自分も気になっていたのだ。そしてたまには現代の話まで混じってくる。この間「ハウルノウゴクシロ」を観に行きましたよ、という具合に。この浮遊感が、またこの本に一枚魅力を重ねている感じ。そのあたりは西炯子の時代モノ漫画に通じる所もあるか。イヤ自分だけだろうかそんな事思うのは。

これだけ素敵な文章を商業ベースに乗らず書いてらっしゃる、こういう人との出会いって、宝物を見つけたような気分になる。ぜひ続けて書いていって欲しい。ずっと応援したい。
(f/styleで話を聞いたら、まだお若い方らしい。驚いた)

※次号は10/15頃発刊予定らしいです。